晴耕雨読と猫部録

ビブリオバトル、茶トラネコ、書評、日々の雑感などを書き連ねる

以前に読んだ本「一銭五厘たちの横丁」

 「一銭五厘」とは太平洋戦争当時のハガキ料金のこと。転じて召集令状(いわゆる赤紙)のことを指している。実際には。召集令状は郵便ではなく、役場の兵事係が直接手渡していた。

 東京大空襲で焼け残った質屋の蔵から99枚の写真のネガが見つかった。太平洋戦争中、出征軍人に銃後を守る家族の写真を送るという撮影会が在郷軍人会によって開催された。昭和18年の東京の下町(いまの台東区あたり)で、兵士へ送るために桑原甲子雄さんが撮った家族の写真がそれである。写っている家族は当然ながら、年配の人(兵士の親)、女子供(同妻、兄弟姉妹、子)がほとんどである。

 昭和48年からルポライターの児玉隆也さんは、ネガから新たにプリントした写真を手に写っている人たちの消息を訪ね歩く。不明の写真も多いのだが、訪ね当てた人たちからは、当時の様子やその後の人生の歩みを聞いている。

 本が出版された昭和50年からは、既に半世紀近くも経とうとしている。昭和20年から昭和48年までよりも、昭和48年から現在までの歳月のほうが長くなっているのだ。いわば昔の人が語る昔話を聞いているような感覚に陥る。ここで語られている当時の人々の言葉は、現代とはいささか異なった精神性や思考のものとの印象を受ける。

 笑いあり涙ありのエピソードや、戦死した方、復員した方の話もある中で、戦中だけでなく戦前、前後も生活が大変だったという話も多い。 「一銭五厘たち」と称される「天皇から一番遠くに住んだ人々」の暮らしぶりが描かれており、戦争で犠牲になるのは、一般庶民だということがよくわかる。このような写真は二度と存在してほしくない。

 作者の死後(38歳没)に、第23回日本エッセイスト・クラブ賞を受賞。