晴耕雨読と〇部録

ビブリオバトル、茶トラネコ、書評、日々の雑感などを書き連ねる

『千年の黙 異本源氏物語』 森谷明子

 第13回鮎川哲也賞受賞作で、森谷明子氏のデビュー作である。今年の大河ドラマの主人公紫式部が探偵役の平安ミステリーを再読した。時代的には長保元年(1000年)から、紫式部の没後の寛仁4年(1020年)までを描いている。

 本作は3部構成で、第1部「上にさぶらう御猫」では、紫式部は藤原宣孝と結婚して長女賢子が生まれたばかりである。「源氏物語」を書き始めた頃であり、のちに仕えることになる藤原道長の娘彰子は入内前。あたかも出産のために、宮中を退出する中宮定子に同行した帝ご寵愛の猫が行方不明となる。左大臣藤原道長は猫探索の指令をだすが、いったいどこへ?

 第2部「かかやく日の宮」では、存在していたかもしれないと言われる幻の帖「輝く日の宮」の謎を追う。作者は「存在説」に立っており、なぜ失われて後世に伝わらなかったのか謎を追う。
 
 第3部「雲隠」とは、題名だけで本文が存在しない帖のことである。もともと題名だけで本文は書かれなかったとする説と、本文はあったが紛失したとする説があるという。ここでも作者は、「本文は書かれていた説」に立っている。なぜ題名だけしか伝わっていないのか、本文は一体どうなったのか?

 読み終えると、全編を通じて藤原道長のラスボス感が、文章の底から浮かび上がってくるような印象がある。それから時々登場する藤原実資がいい味を出している。ちょっと言い過ぎかもしれないが、大河ドラマで演じている秋山竜次そのままかと。